着物で南部紫根染の模様の美しさ

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南部紫根染の着物を探して中津川沿いをぶらぶらしていたら素敵なギャラリーがあった。岩手県内で活動する陶芸家さんの作品がずらり、地元の食品があれこれ。器をあれこれ眺め、そういえば味噌がきれていたっけと南部紫根染の着物を購入。店員さんから型染めの工房や、紫根染めを扱う店があることを聞く。型染め工房に行くには時間が足りないからと、すぐそばの南部紫根染の着物店に行ってみることに。  南部紫根染の着物や帯は、今まで着物屋で何度か目にしたことがあった。南部紫根染の着物は奥行きのある実にいい色なのだ。南部紫根染の着物をいつか欲しいなと思ってはいたのだが、盛岡に南部紫根染の着物の店があるとは知らなかった。わくわくしながら目印の南部煎餅の店の角を曲がる。南部紫根染の着物の店はすぐ見つかった、「南部紫根染本舗 草紫堂」。  ショーウィンドーにかかる南部紫根染の着物がものすごくきれいで見とれる・・・。そこで止めときゃいいのに、引き戸を開けて「こんにちは」と声をかける。「どうぞー」と店員さんふたりが顔を上げる。  紫と茜色の洪水・・・。すんばらしく美しい南部紫根染の着物、天然の色の世界。南部紫根染の着物は「万葉集」にも詠まれた紫草の根からとれる染料で染められた、古代から続く色彩。ロマンですなあ・・・。  お店の人が、お客さんの南部紫根染の着物の写真をいろいろ引っぱり出して見せてくれた。ここで出逢ったのも何かの縁なんだろうか。行く先々で南部紫根染の着物の罠にはまるのも考えものなのだが、素直にはまってしまってもいいくらいの美しさ。もちろんいろいろな絞り模様の紫根染めや茜染めの反物があり、好みではない模様もある。が、そのうちの南部紫根染の着物の一本がどうにもこうにも気に入ってしまったのだ。あの着物にも合う、あっちのにも・・・と、手持ちの南部紫根染の着物を思い浮かべ、目の前の帯と合わせてみる。けっこう合わせられるなあ。 南部紫根染を復活させる 南部紫根染という染物をご存知だろうか。その名のとおり、初夏に白い花をさかせる植物のムラサキの根からとった染料で染め上げる技法だ。鎌倉時代に南部地方に伝わったとされ、以後南部藩などに保護されて多くの着物や小袖などが生産されていたが、明治に入りこの南部紫根染の着物は下火になり、盛岡地方で伝統技法を伝える人が完全に途絶えてしまった。 しかし大正に入り南部紫根染を復活させる機運が起こった。秋田県に残っていた紫染の技術者を招くなどして技術を学び、研究を進めて独自の技法も開発した。そのときの研究所の主任技師をしていたのが今回伺った草紫堂の初代藤田謙さんだった。 この日お話を伺ったのは三代目の藤田繁樹さん。現在、日本に自生するムラサキは絶滅危惧種とされているので、自分たちで栽培をしているのだという。そのため良質のムラサキはなかなか手入りにくい。だからさらに研究が必要で化学的な知見も取り入れているそうだ。 もう、かれこれどのくらいの時間を費やして眺めているのか… 眺めてはキーボードに指先を置き、また眺め… 南部紫根染の九寸名古屋帯です。 美しいですね、南部紫根染の着物… 手工藝の極みとはこのようなものを指すのかもしれません。 まるで風に揺らぐかのような、麻の葉紋様が絞り染められています。 何度も申し上げて恐縮ですが、誠に美しいのです。 こんな言い方をしてしまえばそれで終わってしまうのですが、南部紫根染の着物の美しさはまさに日本固有の文様美、つまるところそれに尽きるのだと思います。 ある一つの文様が四方に八方に広がり、連続することで美しさを増してゆく… 南部紫根染の着物の美しさを見せられる度に思うのは日本の職人は凄み…改めて凄いと思わざるを得ないのです。地元の名古屋もこうした南部紫根染の着物の有数の産地です。 南部紫根染の着物と言えども、その生産の多くが外国に移された中、産業としての絞りではなく、文化の継承としての有松絞を伝承している職人が居られます。) すぐにお話が逸れるので戻します。 でも…いつもそう思い、いつもお話させて頂くのですが、こうした美しさというのは歴史や希少性と同列にお伝えすることはそもそも無理があるのです。南部紫根染の着物が保つ美しさ、作品に籠められた美しさはその個体そのものが美しいのです。 歴史や希少性が美しいのでは決してないのです。 南部紫根染の着物はもちろん上述させて頂きましたように深く長い歴史、困難な技法、それを継承し続ける職人、そして膨大な手間(時間)が尊いことは言うまでもありません。 でも、それは南部紫根染の着物の美しさとは関係のない事。。。 籠められている手仕事に対する敬意と創出された美しさは本来別々に論じられるものなのです。  南部紫根染の着物は古来より日本に伝わる草木染の一つです。 紫根染めは「ムラサキ」から採取した植物染料で絞り染められます。 その手間暇の掛かる手作業ゆえ、一時期は生産が途絶えてしまったのですが、草紫堂の藤田謙氏によって復元され、少しづつ作られています。(現在は三代目の当主となる藤田繁樹さんが制作をされておられます。) 南部紫根染は比較的薄手の割に丈夫な白山紬を(木綿のお品も有ります)使い絞り染められます。 南部紫根染の着物は精錬、糊抜きをしたのちにニシゴリの灰汁で作られた媒染液に漬染めをするのですが、そのあと媒染液が生地に固着するのを一年近く寝かせ、待ちます。 柿渋が塗られた和紙に図案を写し描き、錐や小刀で紋様を切り抜き、模様となる型紙が作られます。南部紫根染の着物の数は数百種とも言われるようです。この後、型付け、縫い絞りと続き、厳格な検査を経て紫根が染められる訳ですが、その染めは反物を漬け染めし、染液を吸収させる方法なのですが、紫根のみで染める時は、前述の工程を1時間置きに12回繰り返し染め重ね、更に染め上げた後、5年前後箪笥に寝かせ、初めて南部紫の色に仕上がるのです。 いやはやなんとも… 南部紫根染の着物は、忍耐が必要な仕事ですね。 美しい絞り模様と濃淡 紫根染のひとつの特徴は色の濃淡。南部紫根染の着物は何度も何度も染色をかさねるため、濃淡の微妙なムラができる。それが独特の美しさをかもしだす。また「南部しぼり」としてしられる手しぼりを施して染めるので、完全な一点ものができあがる。それもまた特徴のひとつだ。色は年を経るごとに少しだけ変わり、そうすることでまた濃淡が美しくなっていく。 工房では、しぼりの作業を見学させてもらった。まずは型紙で生地に模様をつける。南部紫根染の着物は古くからのものもあわせて800種類もあるという。年に1つ2つ新しい型紙を作るということをしている。 その型紙によってつけられた模様に沿って糸を通してきっちりとくくっていく。これがしぼりという作業だ。糸でくくってある部分には染料が入らないという計算。そのため染め終わると鮮やかな色のなかに南部紫根染の着物の鮮明な模様が浮かび上がるのだ。


着物

優佳良織

厚司織

津軽木綿

南部紫根染

川平織の着物を織りなすからん工房

一心が辻が花で世に出した着物

北村武資が伝統を現在の美に蘇らせた着物

古典的な白鼠の吉川染匠の着物

羽田登喜男の友禅  麗しい鴛鴦の着物

無形文化財保持者、小宮康孝の着物

伊勢献上道具の着物

殿下に献上された伊勢型紙の着物 中村勇二郎

草木の息吹を感じる志村ふくみの着物

夏の着物 羽田登喜男の友禅の存在感

芹沢けい介の型絵染め着物

力三氏による郡上紬の着物

中村勇二郎の遺品 江戸小紋の着物

北村武資の着物の羅

福田喜重の着物に見る国宝喜三郎の刺繍

着物に見る志村ふくみの草木色

志村ふくみの着物の色工房

与那嶺貞が蘇らせた読谷山の着物

ダイアナ妃へも贈呈された羽田登喜男の着物

羽田登喜男の最高傑作京友禅絵羽付下げの着物

中島秀吉彫刻の伊勢型紙の着物

南部芳松の着物の型紙

宗廣の郡上紬の着物

博多織の着物の歴史と小川規三郎

喜多川平朗の着物に見る有職文様

木村雨山の加賀友禅の着物

下平清人の着物の型絵染国画会

佐々木苑子の紬織の着物

鈴田滋人の更紗工芸着物

喜多川俵二の俵屋有職着物

佐藤房子の北海道富良野の着物

着物の袖身頃と折り畳み方

着物の礼装と格

着物の場合の上前と足

着物の袖と身丈寸

着物の草履で雨に使う足袋カバー

着物を柄で購入する場合

着物の生地でいいこと

着物を着るための着付け

着物の衿と長襦袢の伊達締め

着物の上前と衿

着物で裾を端折する場合

着物の帯で用いる格

着物の収納と保管剤

着物の汚れ

着物の上品な髪型

着物は着る物

着物の代わりに着る浴衣

自分に良い着物を買う

着物屋さんへ行く事